三つの冠の物語 原書房
ヒース、オーク、オリーブの三つの冠をいただく3組の友人たちの物語
それはケルト、ローマ、ギリシャの世界でそれぞれの道を懸命に生きる
友人たちが互いを思って自分をなげうって相手を救うという
感動的なもの。
私は最後のオリーブの冠をいただいた少年たちの話が好きだ
古代オリンピックで選手として出場したアテネとスパルタの二人の少年
スパルタの子が足に怪我をしながらも、アテネの少年と正々堂々と
勝負をし、片方では相手を思いやりながらも力いっぱい勝負をする
そういうところがすがすがしくてよかった
どの物語も、自分を犠牲にするのではなく相手を思いやって
それが自分を高めているのがいい
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山羊座の腕輪 原書房
スコットランドに今も残るハドリアヌスの壁
同名のローマ皇帝がブリテンの北に住むピクト人の襲撃を防ぐために
作った防御壁。その壁を作る場面から物語が始まる
手柄を立てたルシウスが皇帝からもらった腕輪を
子孫に受け継ぐ話だが、時代のながれ、人の移り変わりが
さわやかに描かれている
ローマの軍人だったルシウスの子孫は
あるときはケルトの戦士だったり、奴隷だったりするけれど
腕輪の誇りともに生きてゆく姿は
イルカの紋章つきの指輪をうけつぐアクイラの物語と
よく似ている。ルシウスは、サトクリフの作品
「辺境のオオカミ」にちゃんとでてくるからおもしろい
耐えようもない辛酸をなめても立ち上がる人々が
いて、感動をさそう
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炎の戦士クー・フリン
ほるぷ出版
ケルトの原典。アイルランド神話の中心クーフリンの物語。
クーフリンといえばアイルランドの戦争「牛捕り」が有名で、
サトクリフのオリジナルにもところどころ出てくる。
太陽の神、槍のルガの息子クーフリンは力と知恵の英雄。
クランの猛犬という名前の通り、猛犬を素手で殺してしまうほど。
牛捕りで、クーフリンをわなにかけた女王メーブの書き方が、
闇の女王ボーディッカと王のしるしのリアサンにそっくりで驚いた。
完全に配偶者である王をないがしろにしているからだ。
同じアイルランドでも、メーブのいるコノハトは女系社会。
クーフリンのアルスターは男系社会。というのがよくわかる。
彼の武器は女戦死アイフェから譲り受けた魔法の槍ゲイ・ボルグ。
危険な槍で殺してしまったのは、親友と実の息子の二人だけだった
というのが運命的で悲しい。この部分が、アーサー王によく似ていて、
何か関連がありそうな気がする。
自分の名前にかけて、犬を食べないという禁忌を守り通したクーフリンが
最期のときになって、犬の肉を魔女にすすめられるままに食べてしまう。
渡し場で血のついたものを洗う老婆。それがケルトの英雄の死を現す。
これを見たらどんな英雄でも運命は変える事ができない。
ケルトのどんな魔法も英雄の死を覆すことができない。
悲しいのに立派ですがすがしい、それがケルトの戦士なのだろう
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黄金の騎士フィン・マックール
ケルト神話というと
魔法使いや妖精が多く出てきて人の信念が理想的で
近寄りがたいものだと、ずっと思っていた。
はじめに読んだのがイェイツの妖精物語だったからだろうか
サトクリフのケルト神話は竪琴ひきが語るように詩のようにきれいだ。
クールの息子フィンが死んだ父の座であった
騎士団の長を取り戻し、騎士団をもりたてて
比類のない英雄になり、老いの中で権威を失墜して
死んでいくという筋書き。
どこかで聞いたことのあるような怪物退治、
読んだことのあるような戦いのシーンが出てきて不思議に思った。
それはグリム童話やチベットのものいう鳥、
アラビアンナイトなどに影響を与えているような気がしてならなくなった。
中でもおもしろかったのは、フィンが犬を怪物から手に入れる場面。
コナンという名の大食漢。
コナンはケルト人の名前だったか
(ホームズの作者、某アニメの主人公・・)
ディアミッドが死す場面は、呪いから逃れられない運命
と言うものを信じているケルトの性を思い知らされた。
フィンの孫オスカがディアミッドをかばって、
ケルトの誓いを立てるところがまた感動的だった。
命をかけて信念を通すケルトの人々は、
再生を信じているからこそ勇敢に戦える。
そういう信念を今は魔法と言うようになってしまったらしい。
ハリーポッターで読んだことのある
「黒魔術」がフィンにかけられて彼が命を落としそうになったとき、
渡し場で必死に敵と戦った
彼の息子たちに拍手を送りたい。
そしてフィンの老醜は見なかったことにしておきたい。
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闇の女王にささげる歌
サトクリフの女性を主人公にした話はこれが初めてだった
イケニ族の女王ブーディカがローマの支配に抗って戦いを起こし、
一時期はローマ化された町を焼き尽くしたが
結局、ローマ軍団の組織力と統率力に敗れる。
ローマ人として、軍人としての誇りをえがいた
ローマンブリテン4部作とは全く反対の立場の
征服されるものがここでは描かれている。
ケルト人を制圧するはずだった第九軍団があとかたもなく消え、
軍団のワシが消えるという事件があった。
この事実が本書に書かれていたのを見てあっと驚き
「第九軍団のワシ」をもう一度読みなおすことになったが、
ボーディッカの名でこの女王の名が出ているのに気がついた。
ローマとの平和的友好の引き換えに武器を奪われ、
戦士を差し出すことを強制させられる。
それはローマがケルト人をさげすんでいたことの証拠だと思う。
抵抗すれば家を焼き畑に塩をまくという徹底したやりかたに
ブーディカが挑んだのは、民族の叫び、
勇気と誇りの表明だったのだと思う。
「ケルトの白馬」でイケニ族は民を生かすために、
別天地を求めて旅立った。
その後でこの事件が起き、イケニ族はちりぢりになったのだろうか
ブーディカのように最期をとげたものもいただろうし
第九軍団のワシのコティアのように、
ローマ人と連れ添って生きていくものもあっただろう。
どのような生き方をしても、誇りだけは失わない人物が
サトクリフ作品の骨になっている。
父の剣を最期までたずさえ、
ケルト人の先頭をいくブーディカの姿が焼きついて離れない
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落日の剣 ローズマリ・サトクリフ作 原書房
落日の向こうへ行く、と言うのは死を示す言葉
アーサー王、大熊アルトスの最期が
わかり切っているだけに、逆に明るい兆しが現れないだろうかと
一縷の望みを抱いてしまう。
アルトスの滅亡の原因は二つ
イゲルナとの罪の関係によって生まれたメドラウト
妃グエンフマラと親友であり忠臣であるベドウィルの不倫
イゲルナとの関係が壊れようとするとき
なぜあんなにももどかしい態度を取るのだだろう
悪の根源とわかっていながら自分がまいた種だとして
メドラウトを包含してしまうのはなぜなのか
そこにはどうすることもできないしがらみに
自信喪失のアルトス、弱い人の子アルトスがいた
九頭の馬の下に眠る黒い媚人の少女
サクソンによって殺された少女をアルトスが手厚く葬り
黒い人たちを味方につけたシーン。
この墓の跡が実在すること。
アーサーのモデルとなった人物が必ずいると信じていた
私にとってこの本は、その思いを確実にしてくれた
ともしびをかかげてに引き続いて登場するアクイラ、フラビアン
アンブロシウス。彼らがいつかはブリテンに闇が訪れることを
知りながらなお、ともしびをかかげてサクソンと戦う
その誇りあふれる動きがアルトスに結集されて
今に伝わるほどの英雄伝となったのだろう。
これまでに読んだどのアーサーよりも力強く誇り高い王。
うらはらの、人間的な王の姿に感動の嵐が吹き荒れている
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アネイリンの歌 ローズマリ・サトクリフ作 小峰書店
ケルトの戦の物語と副題つきのこの物語、古詩「ゴドディン」
イギリスにサクソン人が押し寄せてきた600年代のスコットランドの王国 ゴドディンの戦いが
竪琴ひきのアネイリンによって語り継がれてきたものらしい。
サクソン人が押し寄せてきた頃に活躍した人といえばアーサー王。彼の名はケルト読みでアルトス。
アルトスのしたブリテンの統一がもはや失われたときに、ゴドディン王が民族300を集めて
サクソン王に戦いを挑み、そして敗れ、たった一人の戦士カナンのみが帰還する。
そう言う内容にサトクリフがその想像力で、従者として戦いに臨んだプロスパーとコンを登場させている。
ゴドディン王の兵の召集に従って、300の戦士に混じったゴルシン王子と主従関係を結んだプロスパーは
王の訓練場で戦士たちと友情を培う。ケルト人としての誇り高き誓いをかわし、サクソンの王の館を攻める。
攻めたときにはその王はもはや退却していて、来ない援軍を待ちつつ最後の決戦に出る。
ゴドディン王がケルトの召集状クラン・タラをまわしたのにもかかわらず同盟国の戦士は来なかった。
ゴドディン王の命令により、途中まではせ参じた氏族たちが故郷に返される。
その事実を知った最後の生き残りカナンが感じた絶望のシーンが哀れだ。
カナンの命を救い、アネイリンとともにゴドディンに帰還したプロスパーの回想録の形を取っているのだけれど
アネイリンの歌がプロスパーによって歌われているといった感じだ。
プロスパーはアネイリンの歌には出てこない人物のはず、それを語り手にしてしまう
サトクリフの想像力の深さにまた感じ入ってしまった。
全文にまたがる凛とした空気は滅び行くものの最後の誇りを示しているように思えた。
われこの誓いやぶることあらば
緑の大地開いてわれをのむべし
灰色の海おしよせてわれをのむべし
天の星落ちてわが命を絶つべし
訳者が違っていてすこし表現がちがうけれど
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ヴァイキングの誓い ローズマリ・サトクリフ作 ほるぷ出版
ブリトン人である主人公、ジェスティンがヴァイキングのトーモッドの復讐劇にまきこまれ、
生まれ故郷のイギリスからユトランド半島、キエフ、黒海へと壮大な旅をするというものでした。
母をなくして故郷を追われたジェスティンは、奴隷に売られます。
行く先はヴァイキングの拠点ユトランド半島でした。買い手のトーモッドと、ある事件を
きっかけに義兄弟の契りを交わすのですが、それがもとでヴァイキング同士の血で血を洗う
復讐劇にまきこまれます。
奴隷としての悲惨さはないかわりに、つねに自分の居場所がない
という空虚な気持ちにさいなまれる主人公の姿があります。
トーモッドとともに敵を追って、バルト海から大河をさかのぼり、船を地上輸送して、
別の川に移動してロシアの新興都市キエフに到着。ここの描写がすごいです。
そこで敵との一戦がありますが、キエフ公国のウラジミール1世とビザンチン帝国の間の
盟約によって、船のヴァイキングは、オスマン・トルコとの戦に借り出されます。
世界史の好きな私は、ここで高校時代の教科書を出してきて読んでしまいました。
復讐はお預けとなるのですが、もともとトーモッドの父のための復讐であって
義兄弟のジェスティンには関係のないことだと感じていたところに
第一の悲劇があります。トーモッドは闇討ちで相手のアーンナスを殺そうとしたのですが
失敗。闇討ちには闇討ちで、トーモッドはアーンナスの投げた斧によって絶命します。
それだけで復讐は終わらず、ジェスティンとアーンナスの最後の戦いが
先延ばしにされました。ヴァイキングは血に飢えた海洋民族と思われがちですが
復讐は、殺された者の名誉を回復するための儀式であって、
必ずしも戦いが好きでしかたがないわけではありません。
ジェスティンも、いつしかヴァイキングの名誉のために最後の戦いを覚悟するようになるのでした。
ジェスティンの居場所、それはヴァイキングとして死ぬことによってできあがるのか?
とも思いましたが、それは全く違うものでした。
トルコの親衛隊としてチーター狩に出かけたときに、逃げたチーターに襲われた少女を助けたことが
彼の運命を転換させます。奴隷になる以前、ブリテンで羊飼いをしていたときの経験が
彼を医者としての能力に目覚めさせます。
せっかく訪れた平和に影をもたらすものが、最後の戦い。
そのために、医者として生きることを断念していた彼ですが、
その戦いはあっけなく終わってしまいます。
アーンナスの方から彼をたずねてきて、その場ですぐ戦うのですが、
トーモッドに襲われたときの傷が元で
肺炎にかかっていたため、アーンナスは力尽きます。
彼を殺すことで復讐劇は終わるはず。
でも死に臨んだアーンナスを見たジェスティンの心はヴァイキングではなく
イングリッシュマンでした。治療の甲斐なく死んでいくアーンナスに、ジェスティンが言う言葉が印象的でした。
ジェスティン・イングリッシュマンの彼の居場所は、コンスタンティ・ノープル
で医者として生きること。それが最後に見つかったときの安堵感がたまらなくいいです。
ジェスティンが、自身の回顧録としてこの物語を語っています。
わたし、という語り口、戦いのさなかに怪我をしてそれでもなお誇りを失わない男の生き様。
これは「はるかスコットランドの丘を越えて」のヒュー・エリオットに共通しています。
そして読み初めから予感していたのですが、ジェスティン=ジャスティン
「銀の枝」のフラビウスのいとこが同じ名前で医者でしたので、きっとつながりがあると・・
やっぱりそうでした。
同じヴァイキングの物語「剣の歌」ではヴァイキングの首領が「美髪王ハーラル」とか「木足のオヌンド」
と日本語訳なのに対して、こちらは「エアランド・シルクビアド」と英訳のままです。
「絹ひげのエアランド」のほうがわたしは好きだな。
ジャスティンやソーモッドがなじみ深かったので、訳者が違うと感じが違うなと思いました。
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ケルトとローマの息子 ローズマリ・サトクリフ作 ほるぷ出版
サトクリフの作品は、どれも主人公が艱難辛苦の果てに自分の居場所を捜し求める
という流れを持っていますが、この作品は彼女の作品の中で最も苦しく悲惨であると言えます
ローマ軍人の子に生まれながら、ケルトの戦士の家に拾われ差別と戦いながら成長する。
そこのくだりは片腕に障害を持ち差別と戦いつつ成長する「太陽の戦士」とそっくりです。
ところが、ベリックが生まれながらに持っていたちがい、ローマの子どもということが
彼の生涯を狂わせます。
凶作と、流行り病の原因とされ故郷を追放され、
奴隷商人に売られてローマでプブリウス・ピソの奴隷となります。
そこの長男の悪事の手先になることを拒んだばかりに、自由への道を奪われ
逃亡の結果、盗賊の一味と間違えられてガレー船のこぎ手にされてしまいます
帆船が普及していない時代、人力でこぐ大型船で、人間扱いされずに鞭打たれ
食べ物も不充分、不衛生な場所・・・黒人奴隷の輸送船を思い出させる光景です。
ベリックはある日相棒の死を境に
船主に反乱を起こし、獄門のうえ死んだとみなされて海へ捨てられます。
息を吹き返してついた所は彼が少年時代を過ごしたブリテンの地だったのですが
そこで出会ったローマ軍団の隊長はプブリウス・ピソの館の宴会で一度会った
ユスティニウスでした
ベリックとユスティニウスは出会うべくしてであった運命の間柄だと感じます
ベリックは、ローマ人の親を持ちながらも死に別れ、ユスティニウスは
ケルト人の妻と子どもがいたのに死に別れた。
お互いをひきつけあうものがあったのです。
ベリックが初めて味わった心の安らぎ
それはユスティニウスが彼の親としていてくれる、そういう幸せなのでした
自分の居場所を確かめる、そういうことが一番の幸せなのだと感じました
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 剣の歌 ローズマリ・サトクリフ作 原書房
バイキングがイングランドを荒らしまわっていた時代のスコットランド
バラ島の木足のオヌンド、オークニー諸島のシグルド
マル島のソーステイン、ノルウェーの美髪王ハーラル
などなど海賊の領主がたくさん出てきます
この物語は少年ビャルニが罪を犯したために5年の追放を命ぜられ
そのあいだに剣の技を奉仕する経験を積み、大人になって故郷に
帰るという話です
最初の2年に仕えたのは木足のオヌンド。彼の足の代わりとなり
どこへでもついって行ったビャルニ。ビュート島の海戦で一旗あげるのですが
少女タラの策略に会い、バラ島を追われます
次に使えたのが赤毛のソーステイン。アーガイル人の母を持つマル島の族長
このころは、海賊の間で政略結婚が行われていたようで
ソーステインの母アウド夫人も、その孫であるグロアも他の族長と結婚しています
(サトクリフの作品には必ず赤毛の男がキーパーソンで出てきます)
グロアの夫はピクト族のドゥンガルでオークニー島のシグルドとは同盟関係にあります
オヌンドがシグルドに同盟を求めてやってきたとき、生まれたばかりの自分の子どもを
「養子に」といって差し出すのですが、シグルドは人質にはしません
口約束といってもそれが正式の誓約になった時代なのだなということがわかりました
ピクト族の争いに巻き込まれてシグルドもソーステインも命を落としてしまう
というのが野蛮な絵の具族ピクトを思い起こします
「辺境のオオカミ」にも「王のしるし」にも出てきます
ビャルニの行動はこの族長達の影に隠れてしまいそうなほどなのですが
最終場面でうって変わるのがよかったです
5年の歳月を異国で過ごしたビャルニにアウド夫人が与えたのは金貨3枚と
ビャルニの未来の息子のための剣でした
それを持って家に帰って終わりか、と思ったら
難破に会い、そこでブリトン人の娘アンガラドに会うところから
急転します。
なんとアンガラドは「イルカの紋章つきの指輪」を持っていたのです
場所はウェールズですから「ともしびをかかげて」のアクイラの子孫です
魔女呼ばわりされて迫害されかかっている彼女は「運命の騎士」の
アンクレットのように思えました
ビャルニはアンガラドの農場を手伝いながら彼女の用心棒を務めるうち
二人の間に心が通うというものですが
アンガラドの中にある誇り高いアクイラの血筋が垣間見えて
気持ちが引き締まりました
ソーステインの奴隷で元はアーガイルの王族だったエルプが
ビャルニに言った言葉
「自分の生まれや育ちを引きずりながら、胸の中の思いの命じるがままに
自分流に行動しないとすまないような愚か者がいるが、君はそれだ」
自分の生まれ育ちにこだわったからこそ、ビャルニは5年の歳月を剣の奉仕に
ささげることができたのだと思います
故郷に帰ってきたとき、自分を追放した族長がビャルニを「帰ってきたか」
と迎える場面はそれまでの戦いに満ちた冷たい場面と打って変わって
あたたかいものが流れていました。
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 辺境のオオカミ ローズマリ・サトクリフ作 岩波書店
代表作のローマン・ブリテン3部作の最終刊 4作目というふれこみでしたが
エメラルドのイルカの紋章の指輪を持った男の物語の集大成
と言う感じがしました。
時代的には、イギリスがローマに支配されていた時代の
最盛期をかなりすぎた頃、「第九軍団のワシ」より後の時代
指輪を持つ男は、アレクシオス・フラビウス・アクイラ
第九軍団のマーカス・フラビウス・アクイラの孫に当たる人です
この話の根幹は、一度仕事に失敗した男の再生というところでしょうか。
「辺境のオオカミ」、と言うのは今でもスコットランドに残る
ハドリアヌスの壁、アントニウスの壁のむこうに住むケルト人の氏族
で、ローマの軍隊に入って活動する人々のことでした。
アレクシオスは、ローマの軍率を犯して戦いのさなかに独断で撤退し
部下をおおぜい亡くします。それが元で「辺境のオオカミ」たちがいる
砦の司令官に左遷されてしまうのです。
まず初めの絶望。
そして、自分の位置を確立していくための戦い。
これは三部作に共通のテーマです
「オオカミ」たちを理解し
融和することでしたが、こちらはうまくいきます。
自分のオオカミ(4本足の)を狩る、投槍のみでオオカミの命を止める。
まさに「太陽の戦士」のシーンでしたが、このことによってオオカミたち
とヴォタディニ族の族長の息子クーノリクスとの友情が深まります。
ところが、クーノリクスの弟コンラの悪ふざけが
上官の怒りを買い、命令によって
アレクシオス自身がコンラを殺さねばならなくなります。
氏族との戦いの中で、アレクシオスはまたもや
独断の撤退をしなければならなくなるのです。
初めの撤退は失敗でしたが、二度目の撤退は正しい判断だったため
アレクシオスはその後砦の司令官に復帰することができるのです。
これは彼自身の意思による選択で、
「オオカミ」たちとともに生きることを選択した彼の中には
指輪を受け継いできた男達が持っていたのと同じ
「誇り」があふれていました
アクイラの一族が共通に持っていた「誇り」が
ここで集大成されていると私は感じました。
この作品で、クーフーリンの牛盗りが出てきました。
アイルランドの故事なのですが、ここではかなり野蛮なゲームになっていました
撤退の途中で怪我をした馬をほふって食べるときに、「オオカミ」たちが
嫌うところがありましたが
「オオカミ」は馬を神聖なものとみなしていること表していました。
これは「ケルトの白馬」にでてきます。
クーノリクスが族長になる儀式は「王のしるし」のフィドルスと同じ。
女が川辺で洗濯をしているのを見たら、誰かが死ぬというケルトのいいつたえ
湿地帯に馬がはまって沈むシーンとともに「はるかスコットランドの丘を越えて」に出て来ます。
そして、ケルトの誓いがここにも・・・・わたしの大好きな、感動のことばです
「もし、われこの誓いを破ることあれば、
緑の大地開いてわれを呑むべし。
灰色の海押しよせてわれを呑むべし。
天の星われの上に落ちてわが命を絶つべし 」
サトクリフという人は、幼い頃スティルス氏病にかかり、体が不自由でした
その豊かな想像力は、子どものころの読書と母との生活の中で培われたようです
本を書くときは綿密な調査を行なうそうですが、
ローマの軍隊、ケルトの歴史習慣の理解の深さには驚くべきものがあります。
彼女自身がローマの軍人であるかのような、ケルトの戦士であるかのような
そんな錯覚を起こさせます。
一番すごいのは読んでいる私自身が本の中に入ってしまうことです。
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 オデュッセウスの冒険 ローズマリー・サトクリフ作 原書房
トロイア戦争が終わって、ギリシャの黒い船団は解散し
王たちはそれぞれの故郷へ帰リます。
イタケの王オデュッセウスも、家来とともに帰途につくのですが
途中でポセイドンの息子、キュクロプスという一つ目の大男
の目をつぶしてしまったために、故郷に帰りつくまでに
家来と船をすべて失い、
身一つで苦難の旅をしなければならなくなります。
一つ目の大男
家来を豚に変えてしまう魔女、死者の国、男を誘惑する乙女の歌声
おぞましきいくつもの頭を持った怪物・・・
そういうものから知恵と、運の強さ、
女神アテナの力添えで乗り切るオデュッセウスです。
こどものころ何かで読んだ、怪物や魔法によく似た話だったので
ここはものすごくおもしろかったです
それにしても、王様と言う感じが全然しないオデュッセウスです。
一方、故郷のイタケでは、王座をねらおうとする貴族の息子達に
妻のペネロペイアが窮地にさらされていました。
オデュッセウスは死んだという噂のために、
息子達の誰かと結婚しなくては
ならなくなってしまったのです。
ここでも女神アテナが力添えをし、オデュッセウスと息子テレマコス
が一致団結して貴族どもを皆殺しにするシーンは
残酷ですが、機知に富んでいてウーンとうならせます。
ここでも思ったのは、ギリシャの神々はほんとに気まぐれ
かつ、自分勝手だなあということです。
神様、というと慈悲深いというのが念頭にあるのですが
人間に戦をさせておいて、自分は雲の上から観戦していたり
都合が悪くなって初めて加勢したり・・・
( この刊のアテナは、
叔父であるポセイドンの怒りを解くことは出来ないので
オデュッセウスに最小限の力を貸していましたが・・・)
ぬきさしならなくなった事態になって初めて
神様同士で話し合いをするなんて
人間的だなあと思ってしまいます。
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 アーサー王と円卓の騎士
ローズマリー・サトクリフ作 原書房
ローマ軍が撤退した後のブリテンは混沌とした暗黒の時代でしたが
侵入するサクソン人や元からいたピクト人などの勢力を抑えて、
ローマ人の血をひく王が現れ、輝きの時代を作りました。
実在したであろう王をモデルにして
アーサー王伝説は語り継がれていますが、
サトクリフの描いたアーサーは一味ちがいます。
アーサーの誕生。聖剣エクスカリバーの由来。
グィネヴィアを王妃に迎えた時に引き出物として
円卓を譲り受けること。
円卓に座るべき騎士がつぎつぎとやってきては
騎士にふさわしい名声をえるための冒険をすること。
中でも湖のサー・ランスロットの冒険、トリスタンとイズーの悲恋、
ガウェインと緑の騎士の決闘が有名かつ定説になっているのですが
サトクリフは彼女独特のリアルな脚色をしています。
ランスロットは白百合の乙女、エレインと計略によって結ばされるのですが
彼自信は、王妃グィネヴィアを愛していたため
エレインを捨てて旅に出てしまいます。
子をなした彼女はランスロットの愛をつかむことができずに
絶望して死に、なきがらを川船に乗せて
キャメロットへ流れていきます。
女心がわからない男への怒りより先に、
悲しく哀れな女の死に胸がいたみます
赤毛のアンがキャメロットの乙女の詩をくちずさみながら
川をながされていくシーンはまさにこのエレインの
あこがれです。
とても説明するだけの力がありませんのでぜひ本書を読んでください
アーサー王を知ってる人が読むと新しい見方がされていて楽しいし、
初めての人は描写がいきいきとしているので
映画を見ているように鮮やかに情景が現れてきます。
続編あり 「アーサー王と聖杯の物語」「アーサー王最後の戦い」
アーサー王を知るために
映画 「エクスカリバー」、ディズニーアニメ 「王様の剣」
岩波少年文庫 「アーサー王物語」
図説 「アーサー王の世界」「アーサー王伝説辞典」 以上原書房
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 アーサー王と聖杯の物語 ローズマリー・サトクリフ作 原書房
「アーサー王と円卓の騎士」続編
円卓の騎士が一つの席をのぞいてすべてそろったとき
ブリテンは最盛期を迎えたのですが、
平和の中に不幸の芽が現れつつあることを
この本が示しています。
最後の「危険な席」についたのは、ランスロットの息子ガラハッドでしたが
キリストが最後の晩餐に使い、十字架にかけられたときに
流れる血を受けたという聖杯を探す旅に
彼を最前線にして騎士たちが出かけていきます。
その旅で、円卓の騎士は半分が命を落とすのですが
これまでに最高の騎士だったはずのランスロットの落ちぶれが
もっとも強調されているように私は思いました。
王妃グィネヴィアをひそかに愛していること、乙女エレインを死なせて
なお、その息子ガラハッドを愛せないでいることが
彼を、聖杯の探求から遠ざけました。
聖杯をさわることのできるのは、最高の騎士でなければならない
と言うことは、精神も神のみこころに沿っていなければならないのでした
最後にガラハッドが聖杯を授かり、「この世の神秘の核心」を見て
命を落としてしまいます。
かわりに手負いの王といわれ、聖杯を守っていたペレス王の
癒えなかった傷がなおり、不毛の地になっていた彼の領地が
もとの緑の土地に戻ったところは、ふしぎな魔法を見ているようでした。
パーシヴァルの妹が死をもって、
ガラハッドの聖杯探求に力を貸している場面が印象的でした。
らい(ハンセン病)の王妃を治すため
高貴で穢れのない娘の血が必要で、
そのために妹は血をとられて死んでしまいます。
なきがらを船に乗せ、手紙を持たせてランスロットを導くところなど、
キャメロットの乙女エレインを思い出させます。
一巻にもここにもハンセン病者が出てきました。
(一巻は、トリスタンとイズーが逃亡する場面で黒いフードを目深にかぶっています)
ちょうどハンセン病者の差別に対する裁判がおこなわれ
政府の控訴が取り下げられた時ですが、
古代から、差別されつづけた人々の一面を見ることができました。
かなりキリスト教的で理解しにくい点もありましたが
ケルトの魔法がこの物語全部におおいかぶさっているように思えました。
ランスロットの敗北、ガラハッドの成功と死、円卓の騎士の衰退
次にはアーサー王の死とブリテンの混沌が
待っていることが想像されます。
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 アーサー王最後の戦い ローズマリー・サトクリフ作 原書房
アーサー王のログレス国が衰退し始め、
円卓の騎士が互いに傷つけあい混乱がおきて、
とうとうアーサーが死すまでを描いています。
アーサーが義理の姉の子を企みによってもうけてしまったことが
悲劇の始まりとなっているのですが、
これはすでに「円卓の騎士」の巻で
すでにたねをまかれているのでした。
モルドレッドと名づけられた
そのアーサー王の実子は、アーサーを憎み
王国を転覆させる計画を立てます。
彼のわなにはまったのがランスロットと王妃グィネヴィアでした。
ふたりが互いに愛し合っていることを
アーサーは見て見ぬふりをしていましたが
モルドレッドの告発によって、事実を認めざるをえなくなります。
ランスロット側についた騎士たちと、
王についた騎士たちとの間で戦が始まります。
戦のさなかに起きたモルドレッドの反逆。
グィネヴィアが必死でこのことを王に知らせますが
ランスロットにはその知らせが届きません。
アーサー対モルドレッドの戦は、
ランスロットの加勢なしでは王の勝ち目はなかったのですが
「ひとつきの間時間を稼ぐように」と
妖精に言われたのに、手違いがおきて
最後の戦をはじめてしまいます。
ランスロットにガウェインから知らせが届いて、
駆けつけたときにはすでにアーサーは
「りんごの樹の茂るアヴァロン」へ旅立ったあとでした。
ランスロットが一番愛した友ガウェインと敵同士になってしまった
ときのランスロットの悲しみがよく描かれています。
なのに運命はガウェインを復讐の鬼に変えてしまいます。
グィネヴィアとの恋も本書では清らかに描かれていて
王と王妃への忠誠を貫き通すランスロットの心が哀れをおもわせます。
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 太陽の戦士 再読
ローズマリ・サトクリフ作 猪熊葉子訳
岩波書店
小学校五年生の時、担任の先生が読み聞かせてくれて感動した本です
イングランドの南部サセックス州の白亜層の土地に住む部族の
片腕の不自由な少年の成長と挫折を描いた物語
時代背景は、彼ら(ケルト人)がまだ青銅の槍を使っていたことから
「ケルトの白馬」より前の時代のようです。
部族の少年達は12歳になると大人の戦士になるための訓練を
「わかものの家」で3年間受けるしきたりでしたが、
その卒業試験としてオオカミ殺しに成功しなければなりませんでした。
ドレムは片腕が不自由なため、祖父や母からもその試験に失敗して
死を選ぶか、部族から離れて
羊飼いになるかも知れないことを危惧されていました。
仲間だと思っていた同年代の少年から浴びせられた差別の言葉に
自分の住む世界が違うことを悟るドレムですが
唯一理解を示してくれた族長の息子ボトリックスとの友情を
はぐくみながら、戦士への道を歩みます。
でも、ドレムは最後のオオカミ殺しに失敗し、死ぬこともできず
羊飼いの中に入ります。
羊飼いはドレムの属する民族が支配した先住民で
奴隷に近い存在なので、
そこで生きることは死よりつらいことなのでした。
在る冬の日、ドレムは宿敵のオオカミに出会い、
瀕死の重傷を負いながらも
そのオオカミを倒して一年遅れで戦士の証しをもらいます。
他の人とは違っている、劣っていると周りが思い、さげすむ中で
挫折し、うちひしがれながらも勇敢に戦い、自分の座を獲得していく
少年の姿が感動的です。
作者自身、体が不自由であったこと、自分の姿を重ね合わせていたこと
を知ればもっと深い読みができると思います。
この本が再版されて読んだとき(1994年)に
気がつかなかったことがありました
・主人公のドレムが赤毛なこと(ケルト人の特徴です)。
・小さい黒人がターヌの子孫と呼ばれるイングランドの先住民で、
ケルト人との混血によって「ケルトの白馬」のルブリンのような人物が
現れたこと。
・ケルトの古い誓いがこの本に2度も出ていること。
・「第九軍団のワシ」に出てくる、けものの頭をかぶった司祭たちが
ここにも出てくること
ドレムがルブリンに、ルブリンが「王のしるし」のマイダーに生まれ変わって
登場しているとしか思えません。
追加です
「太陽の戦士」となぜいうか、それは子どもの時にはなぞでしたが
ドレムの部族は太陽を信仰する部族で、のちにスコットランドへ
移住してダルリアッド族と名乗るようです。
逆に大地を信仰する部族もあって、ターヌの子孫(小さい黒人)
「ケルトの白馬」のイケニ族
ダルリアッドと敵対していたカレドニア族がそうです。
「王のしるし」を読むとよく理解できます。
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 「ケルトの白馬」 ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版
白亜を露出させて作った巨大な白馬
この本の表紙を見て真っ先に思い出したのは
同じサトクリフの作である「太陽の戦士」でした
ここにも白亜の丘が出てきますが
本作のほうが時代は新しいようです。
イングランドに起きた征服と服従、民族の混沌が
ここにも描かれていました。
イケニ族の族長の息子、ルブリンは心の様を絵に描くことが好きでしたが、
アトレバテース族に征服された時、
その族長クラドックに丘に馬の絵を描くよう命令されます。
ルブリンの答えは
「馬がクラドックの気に入るものになったなら
残ったイケニ族を北の草原へ
移り住ませてやって欲しい」
というものでした。
生きた馬、馬族イケニの女神の馬でなければならないと思ったルブリンは、
自分の命を一族の存続と引き換えたのでした。
北の大地へ移動したイケニ族の末裔がケルトとして
サトクリフの作品にさまざまな形であらわれます。
1 「第九軍団のワシ」では
医者になりすましたマーカスに治療を受ける人々、
失われたワシを持って祭りを行っている人々
2 「ともしびをかかげて」では三人兄弟の赤毛の王が
「ケルトの王」を名乗っていました。
3 「王のしるし」では
スコットランドのダルリアッド族と言う名で
キルトやバグパイプを携えて現れます。
大地の母をあがめる女王と、
まつりごとの道具「銀の枝」も出てきます
黒い小さい人たちは先住民、
その後にきたケルト人ローマ人、サクソン人、フランス人
イングランドの歴史は征服と服従、民族の交じり合いあいということが
サトクリフの全作品を通じて伝わってきます。
それが単に一枚の歴史年表のように
平坦ではないことを教えてくれるのが彼女の作品の真骨頂です。
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 王のしるし 再読
ローズマリ・サトクリフ作 猪熊葉子訳
岩波書店
奴隷で、剣闘士のフィドルスは、
闘技場で友人を殺して自由の身になります
行く先の目的がわからないで町で暴れている彼をとらえたものは
「ダルリアッド族の王の替え玉」になるということでした。
ローマがブリテンを支配していた絶頂期のころ、
北辺のスコットランドには
太陽の神を信仰するダルリアッド族と
大地の母を信仰するカレドニア族とがいて
互いに争い、交わりを持っていました。
ダルリアッドの王の位を簒奪したのがカレドニアの女王リアサンでした。
前の王の息子マイダーの「王のしるし」の額の刺青を傷つけ、
盲目にし、追放したのです。
七年ごとに王が交代するという大地の母の信仰を
押し付けられていたダルリアッド族は
マイダーに瓜二つのフィドルスを替え玉にして、
武装蜂起を企てたのでした。
この話の要点は、にせものの王であるフィドルスが
戦いを重ねていく間に、真の王に変わっていく心の葛藤だと思います。
マイダーのいとこのコノリーとの友情、
気のすすまなかったマーナ(リアサンの娘)との結婚、
そのあとに芽生えた愛、リアサンへの憎しみが
氏族の憎しみと同じだと感じたこと・・・・・
小さい黒人(エピダイ族)の族長が
黄金チドリの羽根をもう一度見ることがあれば
そのときは真の王になっているだろうという
魔法の言葉をフィドルスに言います。
フィドルスがローマ軍の人質にされ、
「人質のままか、王の解放で氏族の兵士を1000人よこすか」
という選択を迫られて、氏族のために自らの死を選んだ時
まさに黄金チドリの羽が見えたのです。
「太陽の光線が目を射た。その金色のめくるめく光は、
フィドルスの額に印された
馬族の王のしるしにあいさつを送っているように思われた。」
フィドルスが、ローマの砦の上から身を躍らせて死んだそのときに
ダルリアッド族は救われ、フィドルスは王になったのです。
母を追われ憎しみを抱いていたマーナがフィドルスを王と認め
心を許してゆく場面が私は好きです。
彼女もマイダーのいとこに当たるのですが
フィドルスをにせものとどこかで感じながら、
王として人として彼を受け入れていく
彼女の強さが好きです。
髪を漂白し、アクセサリーで飾り立てたいとこのコノリーの印象は
軟弱に思えましたが、彼がフィドルスと交わした誓いに感動しました。
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 第九軍団のワシ再読 ローズマリー・サトクリフ作 岩波書店
ブリテン島がローマによって支配された時代を描く
「ローマンブリテン三部作」の第一作
ローマの辺境軍団百人隊長としてブリテンに赴任してきた
マーカス・フラビウス・アクイラは、
イケニ族の反乱の時に戦車の下敷きになって
足を負傷してしまいます。軍人生命を絶たれたフラビウスは目的を失います。
ローマ軍団は、ワシの像を神とみなして戦うしきたりだったそうですが
マーカスの父が司令官だった「第九軍団」のワシが北方氏族を鎮圧する
戦いの際に失われてしまい、軍団は消えてしまったという事件がありました。
失われたワシを取り戻し、父の名誉を回復する、という目的に
マーカスは目覚めたのでした。
元はブリトン人の戦士で、蜂起で破れて奴隷になっていたエスカが
マーカスの助手となって、冒険が始まります。
この二人の息の合った活躍がこの物語の骨格になっていると思います。
ローマ人であるマーカスは怪しまれないように目医者に変装して、治療をしながら
ワシのたずねて旅をするのですが、グアーンという人物から
恐るべき事実を知らされます。
「第九軍団」は堕落していて、内部分裂を起こして
逃亡したものがほとんどだったというのです。
「ワシ」はエピダイ族に持ち去られ
氏族の反ローマの旗印として使われてしまう危険があるというのです。
グアーン自身も軍団の兵士だったことを打ち明けますが、
彼は氏族の女マーナ(王のしるしの王女と同じ名)と
結婚していて昔には戻れないことを悟っていました。
さらに、潜入したエピダイ族の村でトラデュイ老人から
父の最期について聞かされるのです。
トラデュイ老人の持っていたものは父の指にはめてあった
「イルカの家紋入りの指輪」だったのです。
「太陽の戦士」、「ケルトの白馬」と同じ儀式がここでも行われ、
祭司が入るべき神聖な場所に「ワシ」はありました。
ワシを盗み出し、持ち運ぶ時の緊張感、
氏族の追跡を間一髪で逃れるところ、
エスカの機敏な行動、マーカスの冷静さが
スリルでいっぱいで何度読んでも手に汗握ります。
エピダイの族長のおいリアサン(王のしるしではマーナの母の名)が、
トラデュイ老人からのことづけを持ってきます
「イルカの家紋入りの指輪」と
「追い詰めてあの目医者を殺せ。
しかしあいつは司令官の息子だから指輪を返してやれ。」という言葉
戦士としての誇り、父と子のきずなを重んじる気持ちが現れていて、
はっとするものを感じました。
グアーンが二人の逃亡を助けるのですが、
「ローマの世界に帰らないか」というマーカスの誘いを
「忘れ河の水を飲んだ者はあともどりできない」
と言って氏族の生活に戻っていきます。
「ワシ」が戻ってきても「第九軍団」は再編されず
父の名誉は回復されなかったことも
マーカスがその後も軍団に戻れないことも、
エスカが自分の居場所を見失ったこともすべてが、
「忘れ河の水」なのでした。
話がむなしい徒労に終わっていないのがこの話のいいところです。
最後の場面で、マーカスとエスカが
「農地を開墾して生きていこう」と決心した時のさわやかな表情は、
自分の中にあった障害を乗り越えて新境地を開いた人の表情でした。
希望をもった終わり方が「太陽の戦士」にそっくりなのが、
再読して気づいたことです。
マーカスが身体に障害を持ち、挫折を味わいながらも
目的をもって生きるところがドレムと同じように見え
トラデュイ老人がドレムの祖父に生き写しに見え、
コティアがブライに見えたのは私だけでしょうか。
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 銀の枝
再読 ローズマリー・サトクリフ作 岩波書店
「ローマンブリテン三部作」の第ニ作
第九軍団のワシの主人公マーカスの子孫フラビウスが
またいとこのジャスティンと
ブリテンの平和のために戦う物語
「イルカの紋章のついた指輪」を持ったフラビウスは、
ブリテンの皇帝カロウシウスのひととなりに造詣を深めるのですが
裏切り者のアレクトスによって暗殺されようとしています。
アレクトスの裏切りの現場をとらえたフラビウスとジャスティンは
皇帝に直接訴えたのですが、取り上げてもらえず
辺境の守備隊に左遷されてしまいます。
二人は、そこで氏族のエビカトスに会い友情を深めますが、
彼が二人に伝えたことはアレクトスの裏切り、皇帝の暗殺でした。
軍団から離れた二人がその後に出会った人たちは、
まるで近代のゲリラなのです。
クーデターによって皇帝になったアレクトスを
本国のローマ皇帝コンスタンティウスに告発するために
隠密を放つ仕事をしていた人たちです。
毒ムギの穂を持ったその人たちは徐々に人数が増えてゆきます
ブリトン人、元軍人、剣闘士、農民などで構成された
大きな一団となって行きます
主宰者ポウリヌスが殺されたあとは、フラビウスが指導者になり
先祖のマーカスが開いた農場を根城に活動を続けます
そこにもアレクトスの追っ手が迫り、
大叔母のホノリアの家の地下に隠れたとき
「第九軍団のワシ」が見つかったのです
先祖マーカスが北の防壁の向こうから持ち帰って
伯父アクイラの地下室に封印したワシでした。
フラビウスとジャスティンは
ワシを旗印にアレクトス討伐の軍団に加わります
失われた軍団の名誉がここでやっと回復されるわけなのです
すでにローマ帝国が衰退期に入り、
属州ブリテンも北方のケルト、海からきたサクソン人
などによって乱れ始めていた時代です。
ジャスティンが「属州ブリテンのために戦います。皇帝カロウシウスのために」
といった言葉に、属州ではない独立した国を目指す志を感じます。
彼らのおんぼろ軍団の合言葉が
「カロウシウス」だったことでもそれがわかります。
この物語には実在の人物が出てきます
ブリテン皇帝カロウシウス、反逆者アレクトス、ローマ皇帝コンスタンティウス
エビカトスはなんと遺跡から発掘された石にその名が刻まれていたそうです。
そして「第九軍団のワシ」は
実際にカレバと言う町の裁判所跡で発掘されたそうです。
フラビウスとジャスティンが最後に戦った場所です
銀の枝の題名の由来は、カロウシウスの道化クーレンが持っていた
九つの銀のりんごがついた枝です。
「王のしるし」にも出てきたケルト人の宗教的儀式に使う
楽器のようなものです。
りんごの木は聖なる樹として大切にされていたようです。
「ケルトの白馬」にも「アーサー王」にも出てきます
実際にどんなかたちでどんな音がしたのか、確かめてみたいです。
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 「ともしびをかかげて」 カーネギー賞受賞作
ローズマリ・サトクリフ作 岩波書店
感動のことば
ブリテンに古くから定住していたケルト人の誓いの言葉
もし、われこの誓いを破ることあれば、
緑の大地開いてわれを呑むべし。
灰色の海押しよせてわれを呑むべし。
天の星われの上に落ちてわが命を絶つべし
イギリスがブリテンといわれていた古代ローマ時代、変わり行く時代の中を
誇りと勇気をもって生き抜こうとした戦士たちの物語
主人公アクイラは、ローマ軍がブリテンから撤退する時
脱走して自分の家族のもとに帰ります
自分の体の中に流れているプリトン人(イギリス人の祖先)の血を誇りに思い、
家族を守るために、侵入してくる敵サクソン人と戦い、
父を殺され愛する妹をサクソン人にさらわれ、
自らはサクソン人の奴隷となってしまいます。
艱難辛苦ののちに、残されたブリトン人や、ローマの血をひく王と出会い、
敵サクソンを追い払う戦いを起こします
その戦いの最中に別れた妹と出会うのですが、すでに敵の妻となり、
子もなしていたために絶望のふちにおいやられます
血を分けた兄妹が敵同士になってしまう悲劇を、胸の詰まる表現で書き上げています
刺してしまった若者が自分の甥だと分かったときの アクイラの苦痛
軍律を犯してまでも甥を助け、敵陣に送り届ける アクイラの真実
言葉では言い表せない感動があります。
歴史好きなあなたにぜひ、読んでほしい一冊です
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 運命の騎士 再読
ローズマリ・サトクリフ作 猪熊葉子訳
岩波書店
イングランドのサクソン人占領時代が終わり、
フランスのノルマンディー公ウィリィアムが登場する時代が背景。
サセックス地方アランデル城の犬飼少年ランダルは、
楽師エルルアンと城主ヒュー・ゴークの
チェスのかけによってエルルアンのものになります。
その後、騎士エベラード・ダグイヨンの孫息子ベービスの友人となるべく、
その荘園ディーンに連れて行かれます。
始めはエルルアンが自分を疎ましく思って、
ディーンへやったのだと思い込んだランダルは
ベービスのランダルをあわれむ気持ちが理解できません。
ベービスはランダルと宝物「赤い琥珀」を二つに割って友情を確かめ合います。
それからは二人はどこへ行くにも一緒でした
ランダルにとってふるさとになりつつあったディーンを襲った危機は
チボー・ド・クーシーのたくらみでした
「ディーンの丘に古代の王が宝物とともに眠っている」
ということを聞きつけたチボー・ド・クーシーは
執拗にディーンをねらいます。
ランダルは、一人でド・クーシーを説得に行くのですが
これがド・クーシーのうらみを買い、
ベービスの養母アンクレットを魔女に仕立て上げて殺そうとしたり
ここが、クライマックスなのですが
騎士として従軍したベービスを戦にまぎれて殺してしまうのです。
ランダルがディーンを思ってしたことが裏返しの悲劇につながってしまったのです
そして、ベービスの死によってランダルは騎士になるのです。
大事なものを失った代償が騎士だったのです。
ランダルが「赤い琥珀」をベービスのと取り替える・・・
彼らの別れのシーンが涙を誘います
この物語の真髄は
運命には逆らえないけれども、そこから逃げずに
戦うことが貴重なのだということのような気がします
同じサトクリフの作「王のしるし」「ケルトの白馬」も主人公の
変えがたい運命を描いていますが、どれも最後に悲劇がやってきて
胸に響きます
運命を知りながら、それを切り開く「太陽の戦士」「第九軍団のワシ」
「銀の枝」「ともしびをかかげて」もこころに残る名作でした
ケルトの信仰がこの時代には魔法としか思われなくなっていて
世紀末で「この世が終わる」と考えられており
魔女狩りがおこなわれたという背景に、興味がわきました
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 「はるかスコットランドの丘を越えて」
ローズマリ・サトクリフ作 ほるぷ出版
クレーヴァーハウスの第一印象は
ヒューの孫たちが冒頭で言っていたように
「冷血漢」です。
コヴェナンターを容赦なく殺す場面も
ありましたが、後半からは
熱い血潮の流れる英雄扱いです
読み終わってからわかったことですが
立場の違う人が別々に彼を見ているからだと思います。
コヴェナンターの祖父といとこを持ちながら
クレーヴァーハウスの従者になったヒューの
立場、ハイランドの氏族の立場から見ると
彼は英雄です。
解説で、違う視点で歴史を見つめた
サトクリフのことが書かれていましたが
障害を持っていて外側にいる立場から
物事を見ている彼女の姿が、よく見えました。
ヒューがサトクリフ自身だということも、はっきりしました
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 ベーオウルフ
ローズマリ・サトクリフ作 井辻朱美訳 沖積舎
アーサー王よりも前の時代のイギリスの英雄
三十人力のベーオウルフの怪物退治の物語。
舞台はデンマークの海岸、父の恩人で親友だったフローズガール王が
夜な夜な現れる怪物グレンデルに人を食い殺されて弱っているところを
ベーオウルフがその快力で怪物を退治し、帰還する話。
(片腕を引きちぎるという豪快なやり方です)
老いたベーオウルフが宝を守っているという竜を退治する話。
火を吐く竜にたった一人でたちむかう彼でしたが
竜の毒にあたり、最後の力をふりしぼって斧を竜に投げつけます。
息絶えるときに、ベーオウルフは「民のために竜の宝を残せてよかった」
と言います。火葬にした後、塚を築き「ベーオウルフの塚」として
船の水先案内になるようにと言い残したそうです。
アーサー王と同じ古い英語で書かれた同じ国の英雄でありながら
なぜほとんど知られていないのか
それは、原型のままだからではないでしょうか。
民のために、という高潔な王のままなのです。
グレンデルって「ハリーポッターとアズカバンの囚人」に出てきたはず
と思って見てみたらグリンデロー(水魔)でした
ベーオウルフのグレンデルは人狼です
ルーピン先生に生まれ変わったのかな?
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 子犬のピピン
ローズマリー・サトクリフ作
猪熊葉子訳
岩波書店
子犬のピピンは女の人の犬でした
すっかり実って取り入れを待つばかりになった
小麦畑の色の犬でした
怖いことがたくさんある犬で、
女の人の部屋へ行くまでの長い廊下
女の人が自分を愛してくれなくなることを恐れていました
水仙色したビロードのいすでピピンと女の人は心をかよわせました
ピピンは死んでしまって、りんごの木の下に埋められ、
女の人はピピンの生まれ変わりを探して、
犬の飼育家をたずねます。
ピピンのほうも、神様にお願いして
生まれ変わるようにしてもらいます
そんな心が通じたのか、
ある飼育家の家ですっかり実って
取り入れを待つばかりになった小麦畑の色の犬が
生まれたのです。
ピピンの生まれ変わりと信じて
その犬に会いに行った女の人は
見た瞬間から犬と心が通じたのでした。
我が家で、飼い始めたばかりの
オカメインコのチェリーを亡くした
時に読んだので、胸がきゅんとなってしまいました。
ツルバラの根元に埋めたこと、生き返って欲しいと思ったこと
など、同じ状況が身につまされました。
生まれ変わりのインコが現れて欲しいと願いながら
女の人が作者本人であることに気づきました
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 竜の子ラッキーと音楽師
ローズマリー・サトクリフ文
エマ・チチェスター・クラーク絵
猪熊葉子訳
岩波書店
竜のたまごが一つ迷子になって
それを音楽師がひろい、目覚めの音楽で
たまごからかえします
音楽師は竜の子をとてもかわいがったので、
作る音楽もやさしい愛の曲になりました。
旅先でも評判の竜の子ラッキーを
悪い曲芸師が盗み出して姿をくらまし、
音楽師はラッキーをさがして旅に出ます。
王様の庭でおりに入れられたラッキーを見つけたときには
やせ衰えて、死にかけていました。
小さな王子様の眠りつづける病気を
治さなければならないと思った音楽師は、
ラッキーをたまごからかえした曲を奏でます。
王子は目をさまし、ラッキーは音楽師のもとへ。
よくある、たからものさがしのようなお話ですが
相手が竜の子で、音楽師が竜の子を愛していること、
愛の曲が王子を救うことがこのお話の芯だと思います
悲しい運命の話を書くサトクリフが、
愛の作品を書いていたのが感激です。
挿絵も、イングランドの丘の風景を幻想的に描いてあって素敵です
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